ギャラリストのよしなごと

アップルコンポート

 

リンゴ

 

我が家のリンゴは早生で、既に収穫の時期を迎えている。

 

”家にリンゴの木があるなんていいじゃない、ドイツって感じがするわぁ!”と言ったのは姉だ。

確かに私だってその昔日本にいた頃はそう思っていたから姉を責める気はない。

でも。。。

 

「毎朝起きるとリンゴが芝生の上に少なくとも10個は落ちてて、そのほとんどは半分虫食いなのだけれど、半分は食べることができるわけよ。

虫たちと共存してるって感覚は悪くないけど、でも。。。もうリンゴはうんざり!」

 

リンゴの木

 

そうなのだ、”もううんざり!”と言う言葉が一番当たっている。

毎朝虫たちが食べたあとのおこぼれを朝食に食べるけれど、いくら”リンゴを毎日食べると医者知らず”と言われようとも、こう毎日毎日では嫌気が差すに決まっている。

 

”近所に配れば?”と言う姉の提案も却下。

だって大方の家には我が家のよりもずっと大きく立派なリンゴの木があって、これからの季節、みんな私と同じで持て余すほどのリンゴにため息をつくのを私は知っているのだから。。。

 

「ちょっと手間はかかるけれど、お母さんがよく子供に時に作ってくれた煮リンゴを作れば?」

姉はわざわざ電話を切った後、ニューヨークタイムズが出している料理のレシピからリンゴのコンポートを探し出して送ってくれた。

”近くだったら二人で一緒に作ることができたのにねぇ”と言ってくれた姉の言葉を聴いて、私は姉が恋しくてたまらなくなった。

頼り甲斐があってすこぶる切れ者だけど、でも意外にもずっこけてしまうほど抜けているところがある姉とは、大人になって歳を取るごとに仲良くなっているような気がする。

 

年々姉が母に似てくるからなのかもしれないが、”姉と一緒に暮らせるといいのに。。。”と心のどこかで思っている私がいる。

”近くだったら。。。”の姉の言葉を聴いた途端、私のまぶたに私たち二人が取り止めのないさして大事でもない話をしながらリンゴの皮を剥く様子が浮かんでは消える。

むせるほどに香り高いリンゴの香りの中で笑い合っている二人の姿は幸せそのもののような気がしてしまうのだ。

 

紫陽花

 

そんな幻想を頭から振り払って私は一人で音楽を聴きながらリンゴの皮を剥く。

 

実際に誰の手もかけられていないリンゴを知れば、いかにスーパーで売っている大きさも形も色も均一なリンゴが現実的ではないかを思い知る。

自然のままに育ったリンゴたちは、人間と同じで一つだって同じ形はないし、その味、硬さも様々で、それぞれがそれぞれの持ち味を出そうとしているかのようだ。

虫たちにあちこちかじられているリンゴを見ると、”あなたかなり人気者みたいじゃない!?”と声をかけたくなるし、小さくて硬いまま落ちてしまったのには、”そんなに意固地にならなくてもいいでしょ!”と言ってやりたくなる。

 

アップルコンポート

 

ニューヨークタイムズのリンゴのコンポートのレシピはシンプルで、皮さえむいてしまえばもう八割方仕事は終わったのも同じ。

レシピよりちょっぴり砂糖を減らしてバニラを加えてりんごが柔らかくなるまで煮込む。

仕上げにバーボンを多めに入れると出来上がり。

 

熱々のリンゴのコンポートにバニラアイスを添えて早速試食をしてみる。

透き通ったリンゴはツヤツヤしていて、口に入れるだけでとろける。

”美味しい!”と嬉々とした声をあげようと思ったのに、その甘くてフルーティな味わいが母の作ってくれた煮リンゴを思い出させて、声がグッと詰まってしまった。

 

紫陽花

 

冬が間近のあの頃。

冷たい向かい風を切るようにして家に戻り玄関を開けると、ホワンとした部屋の暖かさと共に煮リンゴの甘い香りが鼻をくすぐる。

玄関先にランドセルを放り投げて”お母さん、煮リンゴ作ったのぉ?”と母が必ずいるはずのキッチンに駆け込む。

何の心配の種もなかったよなぁ。

家に帰るだけで安心できて、優しく穏やかな母の懐に飛び込めばもうそれだけで満足だった。

くつくつと煮立ったリンゴをただただフウフウ言いながら頬張ればそれでよかった。

 

たった一人で作った”煮リンゴ”は、レシピのせいなのか、ドイツの地だからなのか、”煮リンゴ”と言うより”アップルコンポート”といった横文字の方が似合う味だけれど、その香りがスルスルと子供時代に私を巻き戻してくれた。

 

夏の日差し