ギャラリストのよしなごと

ギャラリストの日常

人生ドラマ

仕事を終えて家に帰ると、私は1時間程度ドラマを見ることを習慣としている。 リラックスするためにフィクションの世界に身を投じる私なのに、気づいてみれば手に汗を握って自分のことのように真剣そのものでのめり込んでいてすっかり肩が凝ってしまう。まさ…

アートは観るだけ?それとも買う?

美術館でアート作品を見て回るのが好きだ、という人は本当に多い。しかしアート作品を買うとなるといきなりアートの敷居は高くなるものだ。 ギャラリーに入ってくるお客の中には、“私はただ作品を見たいだけですから。買いませんから!”としきりに予防線を張…

当たり前は明日を変える力

私の仕事の中心はといえば、アーティストとのやりとりである。 私たちは日本の現代アートを扱うギャラリーだから、私たちと一緒に仕事をするのは日本人アーティストであり、彼らのほとんどは日本の地で暮らしている。 この日本とドイツの距離感を埋めていく…

佇まい

父は骨董収集が趣味で、私は子供の頃から古い食器に囲まれて育ってきた。 私たち家族が日常に使っていた食器の多くはそれなりの価値があったのだと思う。しかし父はたとえそれらを子供の私たちが壊しても叱ったり、残念がったりすることは決してなかったので…

どうぞよろしく!

好きな人と一緒に暮らす、それは初めのうちは互いの何もかもが珍しくて、ふわふわと浮かれた薔薇色の空気に中に包まれているが、誰だっていつかはその目新しさも薄れてしまい、二人にかけられていたロマンチックな魔法が徐々に消えていくものである。実はそ…

プレゼント

年齢を重ねるにつれて一年が飛ぶように過ぎると感じるのは、新しい経験をすることが乏しくなり、漫然とその日を暮らしてしまうからだ、と言われる。 もう11月か、と思うと確かにこの一年も瞬く間にすぎた気がする。 でもここでちょっとキーボードを叩く手を…

いつかきっと

自分の命の灯火が消えるまでにどうしてもやってみたいこと、見てみたいことってあなたにはあるだろうか。 ここでもたびたび書いているように、私は幼い頃から父の仕事の関係で引っ越しを繰り返してきた。 数年ごとに家を移り住んだことが私の性格形成に少な…

パートナー

パートナーと共に暮らして17年になる。 17年の年月は果たして長いと言えるのかどうかどうかよくわからない。 でも私はその間彼のすぐそばで、彼の考え方、嗜好、素の人間性を観察してきたわけだから、結構パートナーのことを私なりの捉え方で知っているつも…

兄と私

日曜日に誰かと会うというのは私には少々気が重いことである。そんな自分を人づきあいが悪いなぁとつくづく思うが、これが正真正銘の私である。 でも、ぶつくさ言いながらも人と会って話を始めた途端に楽しくなってお喋りに花が咲く、あるいは人と会った後に…

ギャラリー

ギャラリーは今のような世知辛い時代には稀有な存在だと私は思っている。 美術館のようにアートを鑑賞するためにお金を支払う必要もなく、またアート作品にちょっとでも近づき過ぎると、警報がなって学芸員の威圧的な目に怯える、なんてこともない。時には作…

決して味わえないもの

コロナウィルスの蔓延で、本当に私たちの暮らしは変わってしまった、なんて書くと、そんな話題は聞き飽きたと思われる人もいるだろうが、どうか付き合っていただきたい。 ロックダウンが明けてからというもの、ギャラリーにアート作品を観にくる人が減った。…

時計

そういえば我が家にはどの部屋にも時計があったように思う。 居間にはネジを巻いて動く振り子時計、キッチンには丸くて大きい駅にあるような時計が壁にかけられていた。私たち兄妹はそれぞれ目覚まし時計を持っていたから、どこの部屋にいてもカチカチという…

良心

ギャラリーを開く前だから、あれはもう10年以上前のことになる。 私は父にそれとはなしに日本の現代アートを扱うギャラリーを開こうと思っているのだと話した。 それは相談というより、近況報告といった感じで、私はまるで世間話をするかのようにその話を彼…

静寂

私はずっと音のない暮らしが好きだと思っていた。 音楽も好きだし、日常の中にある生活音も嫌いではない。でも静寂に勝るものはない、そんな気がしていたのだ。 朝起きるとパートナーは必ずラジオをつける。 彼は朝のラジオから活力をもらい、1日の始まりと…

孤独

人付き合いは柔軟体操みたいなもの、ととある日本の人気エッセイストが書いていて、興味をそそられ、読み進めた。 若いうちは体が多少硬くてもその若さで乗り越えてもいけるが、歳をとってからはそうもいかない。少なくとも柔軟体操くらい習慣化して、とっさ…

苦労

私が教師だった頃ある年配の教師から言われたことがある。“君は全く苦労のかけらもしたことがないようなお嬢様然とした顔をしているよね。”その言葉はまさに私の芯をついていて、今も私の中に突き刺さったまま、時々痛みを伴って顔を出す。 あれはもう5年く…

祈り

私が作る料理というのは、冷蔵庫の中で眠っている食材をフル活用する、いわゆるはっきりとした料理名なんてない、ごく普通の家庭料理である。 レシピ本に首っぴきになって作る料理ではないこともあって、料理は私にとって瞑想に近い役割を果たしてくれる。 …

先日パートナーがリールでコーヒーパスタなるレシピを見つけ、早速作ってくれた。パスタとコーヒーの組み合わせなんてちょっと不思議だけれど、でもそれはコーヒーの香りがとても上品で意外にもクセになる美味しさだった。しかし、リール上に投稿されたレシ…

愚痴

愚痴を誰かにこぼしたところで自分の状況が変わるとか、あるいは少なくとも自分の気持ちがスッキリするなんてことは滅多にない。でも腹に溜まった黒っぽくてモヤモヤした重たいものを吐き出さずにはいられないことって誰にでもあるのではないだろうか。 私の…

自由

子供の頃は誰でも“どんな職業にも就ける”可能性を秘めていて、大いに夢を膨らませているものだと思う。 それが少しずつ大人になるにつれ、自分の実力の限界とか社会の仕組みとかに阻まれて、いつの間にかひどく現実的なビジョンしか描くことができなくなって…

バッサリ

迷いに迷って、それでも好きだから買った洋服だったのに、いつの間にか取り出して着ることがなくなり、洋服箪笥の中でひたすら時と埃を重ねている洋服がいくつもある。たまに思い出しように私はそれを取り出して鏡の前で着てみるものの、どうもしっくりこな…

健康管理

私の年代の人たちが集まって話をする場合、何が盛り上がるテーマかと言えば、それはもう間違いなく健康のこと以外にない。 世の中には真偽の方はともかくとして、もう信じられないくらいたくさんの健康に関する情報が溢れている。とにかくそれらを拾い集めて…

イタリア

イタリアに住むパートナーの弟家族が我が家にやってきた。 本当に不思議なことだといつも思うが、彼らが我が家にやってくると、家の中に明るい日差しが差し込み、一気にイタリアの空気があたりに充満するように私は感じるのである。 もちろんあの美しい音楽…

本を貸す

もうずっと前のことだけれどパートナーが私に言った。 “君ってたくさん本を読んでいるけど、その本の話を一切しないよね。普通の人なら面白かったり、感動した本のことを語りたくなものじゃない? 私は確かに本が好きだが、本当をいうと本か好きという以前に…

美しい仕事

私は子供たちが子供のうちにできるだけ多くのことを学んでほしい。 大人になってからその蓄積された知識がいずれ役に立つ。たとえそれが実質的には役に立たないとしても人としての精神的、創造的土台になってくれるはずだと信じている。 私は教師の仕事を辞…

シグナル

生まれたばかりの赤ちゃんを半年も見なければ、それはもうすっかり成長していてびっくりしてしまうほどだ。また高齢者の場合はこれまた驚くほどに老いが大波となって彼らに押し寄せているのが目に見えルようで心が痛む。 先週の金曜日から始まった泉桐子さん…

ヒヤリ

私が教師として初めて赴任した学校で私はとても美しい日本語を使う国語の女性教師と意気投合した。私たちは仕事帰りによく一緒にご飯を食べて、職場のこと、自分たちの将来のこと、そして恋愛の悩みなどを話し合ったものだ。 そんな彼女がある日私に言った。…

脳内物質

とある日本の作家が書いたエッセイを読んでいて、何とも言えない落ち着きのなさを感じてしまった。 絶望も喜びも所詮脳内物質の分泌で大きく左右されているだけのことなのだ、とその人は書いていた。 世の中の多くの人は楽しいことを追い求めているが、そも…

靴の中の小石

私は子供の頃から友人を作ることが下手で変に身構えてしまうところがある。 それはやはり父の仕事の関係でたびたび学校を転校したことも原因だけれど、でも実はもっとちゃんとした理由がある。 私は誰かを好きになるとそれが男であろうと女であろうと、すぐ…

父は若い頃から心臓に問題があって、毎朝色とりどりのカプセル錠を飲んでいたのを私はよく覚えている。彼は結構几帳面な性格のくせに、自分の薬の管理は全くできなくて、母にそれを任せっきりにしていた。 多分母の優しさに彼は甘えていただけなのだろうけれ…