ギャラリストのよしなごと

母の面影

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「君ってホント!、あまちゃんだよねぇ。」

 

ギャラリーオーナーが私を見て呆れたような顔をした時に、必ず私の耳に届く言葉だ。

彼は長男だし、小さい頃から寄宿学校に入っていたからなのか、嵐が吹こうが、大雨に襲われようがドーンと構えて、”俺についてこい!”タイプの頼れるオヤジさんだ。

彼のほうが私よりちょっぴり年下だというのに、私は彼のことをまるで父のように頼りにしている。

 

私の家族にその責任を押し付けるわけじゃないけれど、末っ子の私を総出で可愛がってくれたその産物が、オーナーが言うところの”あまちゃん”だと思う。

私が困っていようが、いなかろうが、助けの手を差し出してくれる家族を突っぱねることなく、”おねが〜い!”と長年やってきたのだから、この性格を今から”どうにかしろよ!”と言われても、そうそう簡単には変えられない。

 

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新型コロナウィルスの影響で自粛生活を強いられていた姉が、その間に古布で作ったバッグや小物入れ、マスクなどの写真を私に送りつけてきた。

もともと手先の器用な姉のこと、実用的で素敵な手作りの品はとてもよくできていた。

”素敵ねぇ!”、”いいわねぇ!”と賛辞を姉に送り返していたら、いつの間にか携帯の画面にぽとり、ぽとりと涙が落ちてきて、自分で自分を制御できなくなってしまった。

 

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kunstkeiko18.hatenablog.jp

 

 

姉の作った品を見ているうちに母のことを思い出してしまったのだ。

私が高校生になった頃は姉も兄もすでに大学進学をしていて、私はまるで一人っ子のようだった。

母は末っ子でたった一人家に残った私が可愛くて仕方なかったのだろうと思う。

私の持ち物や着るものは全て手作りをしてくれた。

私の好きそうな生地を買ってきてはワンピースやブラウスを作ってくれたり、あまり布でペンケースやバッグも縫ってくれた。

若い時に裁縫を習ったという母は、とても器用だった。

ファッション雑誌を突き出して、”こんなのが欲しい!”といえば、似たり寄ったりのものを数日後にはちゃんと仕上げてくれていた。

 

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それなのに、当時の私はデパートや今時のファッションが並ぶ店で洋服を買いたがった。

母の作ったワンピースの方がずっと私に似合っていたはずなのに、私はおしゃれな洋服屋でヒラヒラした安物の洋服の方がずっとかっこよく思えたのだ。

母が作ってくれたペンケースは机の引き出しの奥深くに突っ込んで、流行りのモチーフがついたおしゃれなペンケースを買って使っていた。

 

それなのに母はそんな私を責めるわけでもなく、”私が作ってあげた服のどこが気に入らないのよ!”と詰め寄ったりすることもなくて、本当に淡々としていた。

もしも私が母の立場だったら、”そんなんだったらもう2度と作ってやんないから!”と不貞腐れるだろうに。。。

母の愛情や優しさに全く気づかない私に彼女は一体どう思っていたのだろうか。

 

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”それって若さゆえの残酷さよね”、と言われればそれまでのことなのだけれど、今母がまだ生きているならば、身を伏してまで謝りたい気持ちでいっぱいになる。

あの頃の母の年齢を超えてしまっている私なのに、あの頃の母の方がずっと辛抱強く、人間としての器が大きかったように思えてならない。

 

メッセージで次々に手作り品の画像を送ってくれた姉はこう書いてよこした。

”ケイコちゃんのお気に入りがあれば送ってあげるよ!

好きなのを教えて!”

 

年々母に似てくる姉が母の面影に重なってしまって、私はどうにも涙が止まらなくなってしまった。

 

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