ギャラリストのよしなごと

闘うよ!

夏の花

 

友人でもあり、ギャラリーの先輩でもあるその人が電話をかけてくると大抵長電話になってしまう。

耳に当てた電話を支える手が痺れてくるほどに長時間になるのが常で、今回はたまたまそばにいたギャラリーオーナーが、”一体いつまで話してんだよ!”とチラチラと私に非難の目を向けてくるほどだった。

 

何をそんなに話すことがあるのかといえば、似たり寄ったりの小さなギャラリーを抱えている私たちの苦労はやはりどこかで共通点が多くて、互いに互いの傷を舐めあったり、”こんなふうに考えているのは私だけじゃなかったんだ。。。”と互いを同志のように感じたり。。。

つまりこの長電話は私の唯一の精神安定剤なのだ。

 

夏の花

 

その彼女が今回電話をかけてきたのには訳がある。

”一人の将来性豊かで、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアーティストと縁を切った”と報告するためだった。

”彼女のギャラリーの一番の稼ぎ頭で、さらに世界中の美術館からラブコールが絶えないそのアーティストを切ってしまうとは何事?”と私は電話にかじりつくようにして彼女に話の続きを促した。

 

アーティストを職業として自分の作品の販売し、それで潤沢な暮らしぶりができる人は世の中に一握りしかいない。

プロで野球やサッカーをしているスポーツ選手と置き換えて考えてもらえば、それはすぐに理解してもらえると思う。

プロになれるだけの才能といえば、もうそれだけで卓越した才なのだけれど、だからといって皆が左団扇で暮らせているわけではない。

プロになっても華々しく活躍している人は本当にピラミッドの頂点にまで上り詰めた人であり、その頂点を居場所にできる人の数はとてつもなく少ないのが現実である。

そこには持って生まれた才能だけでも、努力だけでも、そして精神力だけでもどうにもならない運の力も加わり、気の遠くなるような厳しい世界が横たわっている。

 

夏の花〜スイトピー

 

そのアーティストはそんな茨の道をスイスイと軽々登り始めたのだから、ギャラリストにしてみればまさに”金の卵”のような存在である。

しかし彼女は私に言った。

 

「私ね、彼女が頂点に登りつめるアーティストにはなってはダメだと思うのよ。

才能をひけらかし、ギャラリストの私を貶め、他のアーティストを馬鹿にして。。。

本来はそんな人が世界に名だたるアーティストになっちゃいけないわ。

彼女を抱えていると私のギャラリーは安泰かもしれないけれど、私はそんなアーティストにヘコヘコしてまでこの仕事を続けたくないのよ。

もしかしたらそんな傲慢なアーティストをうまく手懐けるのが立派なギャラリストなのかもしれないのだけれど、私にはその才気はない。

だから縁を切ることにしたの。

まぁ今回のことは、私のギャラリストとしての力が平凡だったって証拠なんでしょう、きっと。」

 

寂しげではあるけれど、きっぱりとそう話す彼女の声からは清々しさも感じられた。

 

夏の花〜紫陽花

 

世の中って確かにフェアじゃない、綺麗事で丸くも収まってくれない、童話のように勧善懲悪なストーリーで胸がすくようなどんでん返しがあるわけでもない。

そのアーティストがいくら傲慢で、人を簡単に見下すような情けない性格を持っていても、もしかしたら本当にその天賦の才と時流を素早く読む資質でもってどんどんとのし上がっていくのかもしれない。

本当にあっという間に世界に名を轟かすアーティストになってしまうのかもしれない。

世の中って信じられないほどに理不尽で不公平なのだから。。。

 

春の花〜パンジー

 

でも私は友人のそのギャラリストを誇りに思いたい。

アーティストがどんなに素晴らしい作品を作ることができても、そこに人間としてあるべき姿が反映されていなければ薄っぺらいただのお絵かきではないか。

そんなアーティストと自らきっぱりと縁を切ることができる彼女こそ、ギャラリストとしての特別な力量をもった人ではないだろうか。

 

熱くなって彼女を援護する私に向かって彼女は冷静に話した。

「ケイコ、力でグイグイと押して声を大にして自分を語り表現する人がのし上がる時代なのよ。

あなたのように綺麗事や精神性だけで語るのは甘っちょろいわ。

ただ生き馬の目を抜くこの時代に私たちは生きているってことを私のこの失敗から学んでよね。

私たちもこの仕事を続ける限り、無理だとわかっていてもピラミッドの頂点を目指して走り続けなければならないのだから。」

 

チェリー

 

私は何でもすぐに”頑張れば報われる”、”頑張っているだけで素晴らしい!”そんな結末にもって行きたがるけれど、それは現実のこの厳しい世界では通用しないってこと、頭ではわかっているつもりだ。

だけれど、叩きのめされても貶められても、起き上がって走ろうとする彼女のその強さに、そして暗くて汚い世の中が目の前に広がっていても、気高くあろうとする彼女に、カブトを脱ぐより他なかった。

 

電話を切ってからも、電話を支えていたその腕が麻痺したようになっていたけれど、実は彼女のそのたくましくて前向きな気持ちに私の心はもっとジンジンと痺れてしまっていた。

”よし、私も前を向いて闘うよ!”

 

今日の夕ご飯