ギャラリストのよしなごと

私の中で

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私の両親はどうしてこういう二人が夫婦として長く一緒に暮らすことができただろうか、というほど違った人間性を持っていたのだが、唯一二人の好みが一致したのが民芸品や骨董のたぐいを集めることだった。

父は豪快に骨董品を買ってきたし、母はそれらを上手に暮らしの中に取り入れた。

彼女は暑い夏にはいかにも涼しげなガラス食器を使ったし、冬にはぼってりと厚くダイナミックな絵柄の大皿にこんもりと料理を盛った。

そんな二人のおかげで私もやはり日常の食器には拘りたい方である。

 

父は子供だった私によく言ったものだ、

“本物と偽物を見分ける方法を教えてやろう。

それは両者を並べてみたり、人の評価に耳を傾けたりする必要なんて全くない。

ただ自分が好きな物ばかりを見つめ、それを深く掘り下げていけば、自ずと本物が現れてくる。内面の自分に正直であれば、どんなに玉石混交の場面がお前の目の前に現れたとしても、心の震えるままに進めば本当のものに行き着くはずさ。

つまり、本物を見つけるには自分自身が本物になるしかないんだよ。“

事あるごとに何度も聞かされたこの話を思い出す時、子供の私が心の中で大きなため息をつきつつ、 “お父さんのあの話がまた始まったよ!”と呟いていたあの頃が目にありありと浮かんでくるのである。

父が私に何度となく聞かせた話も母の示してくれた季節を取り込んだ美意識も子供の頃の私には何にも伝わらず、それはまるで固い小さな種のように私の中に転がっていたのだと思う。それがいつの間にかそこから芽が出ていて、気づいたら大きくみずみずしい葉を茂らせるほどに成長したのである。

 

ネットで胸がどきんと高鳴る器を見つけた時、私はそれを瞬時に“本物”と感じて欲しくてたまらなくなるし、またそこにどんな料理を盛り付けようかと想像が大きく羽ばたく。

父も母も確かにまだ私の中で生きている、そんな気がするのである。

 

今日私たちの元に届いた川人綾さんの作品を紹介しよう。

彼女のお父さんは神経科学者であり、彼女は幼い時からお父さんに大きな影響を受けてきていると語っている。

特に視覚情報を脳が処理する過程で生じる錯覚の効果については彼女の作品の大きな柱になっていると言えるだろう。

グリッド上の単純な繰り返しをわざわざ手で何層にも塗り重ねていくことで自然に生じてくるズレが、作品に奥行きや微かな揺らぎを私たちに与える。そしてそれが心地の良い風のように私たちの気持ちを落ち着かせ、満足感を引き出してくれると私は感じている。

 

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