ギャラリストのよしなごと

足音

f:id:keikothings:20210824200133j:plain

 

現在ギャラリーは夏休み中である。

この時期確かにギャラリーの店舗はお休みだが、実は私たちは自宅でいつもと同じようにP Cの前に座り込んで仕事をしている。

パートナーは2階の仕事部屋で、私はといえば我が家で一番居心地のいいキッチンを陣取って働いているのである。

 

大方2時間に一回の割合で彼は階段をドンドンと派手な音を立てながら降りてくるのを私は知っている。“そろそろ降りてくるぞ!”と思ったら、案の定、彼はその期待を外すことなくキッチンの私のところへ顔を出す。

最近になって私は彼の階段から降りてくる足音に微妙に違いがあるのに気づいた。

小気味よくリズミカルな音が私の耳に届く時がある。

これは彼の機嫌がいい証拠である。

まるで階段が悲鳴をあげているような辛い音が響いてくる時は、そう、彼が何かに腹を立てているのである。

 

今朝のこと、彼は銀行に電話すると言ってそそくさと二階へ上がっていった。しばらくすると、特別に大きく悲痛な階段の軋む音が私の耳に聞こえてきた。

これは絶対にやばい!音である。

どうやら銀行の電話対応に沸騰しそうなほど怒りを感じたらしい。

電話の音声ガイドは彼を散々翻弄し、やっと人に繋がったと思うと、その銀行員の杓子定規で不親切な対応は、味気ないコンピュータ音声ガイド以下だったらしい。

“人間同士の会話より、コンピュータの方がまだまし、なんて思わせてしまう銀行はもう最低だ”とぷんぷん怒っている。

まさに人がその柔軟さや人間味を捨ててしまったら、この世の中は終わりに近いと私も思う。彼の怒りは当然である。

そして私は思うのだ。

人の足音一つで人の感情を言い当てられるって多分とても原始的で本能的な人間の感覚ではなかろうか。私の耳が音を聞くだけでなく、人の微妙な感覚まで感じ取れていることに、私はちょっと嬉しくなった。

 

今日紹介するのは福田亨さんの木象嵌の作品である。

じっくりと見れば見るほど、人の技術力、表現力には限りがないと感じさせる。十種類の質や色の違う木材を使い、木本来の色のみで、それぞれの部分を嵌め込むようにして作られている。

作品に目を凝らしていると、じわじわと鳥肌が立つほど作家の研ぎ澄ままされた集中力と技に胸打たれるのである。

 

f:id:keikothings:20210824200206j:plain