ギャラリストのよしなごと

過去に戻る

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昔のことを頻繁に思い出すようになったら、それは歳を取った証拠なのだ、と巷ではよく言われているけれど、まさしくその通りだと思う。

若い頃は昔の出来事なんて1ミリだって頭に浮かんでこなかったのに、今の私は毎日のようにふわりと思い出が浮かんできては、つい懐かしさに浸ってしまう。

 

寝室のシーツを交換し、私は洗いざらしのシーツが気持ちのいいベッドにごろりと横になってみた。

すると開いた窓からグングンと流れていく雲が私の目に入ってきたのだ。

その途端、私は過去に戻った。

 

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あれは母が緩和病棟に入っていた時のことだ。

うとうとと眠ってばかりいる母の顔に光が注いでいることに気がつき、

私は母に“眩しすぎるでしょう、カーテンを閉めようね。”と声をかけた。

眠っているとばかり思っていた母が意外にもはっきりと私に答えた。

“開けたままにしておいてくれる?鳥が空を元気に羽ばたいて飛んでいく様子や、雲が面白いように流れていくのを見ていたいのよ。私は今までずっと地面ばかり見て我慢をして生きてきたような気がするの。だから今こうして空をいつまででも眺められるなんて本当に幸せだわ。”

母はそう言ってまたゆっくりと瞼を閉じた。

たったそれだけの思い出なのだけれど、私は青白く痩せた母の満足そうな顔つきも今見たようにはっきりと思い出すし、味気ないごわついた病院のカーテンの感触も私の手のひらにしっかりと残っている。

 

緩和病棟で母と一緒に暮らした1ヶ月間、私は母との最後の思い出のために本当にたくさんの写真やビデオを撮った。

でも母が亡くなってもう4年も経つというのに、それらを私はまだ一度も見ていない。

そう、そんなの見る必要なんてない。私はいつだってどこにいたって母との膨大な思い出をさっと取り出すことができるのだから。

 

今日紹介するのは木下裕美子さんの三連作の写真作品である。

満開に咲く桜がもう最後の時間を私たちに告げるかのように、花びらを空へ舞い上げている。

こんな日に空を見上げて、“もう少しだけ満開の桜を見させてほしい”と心の中で願う人は多いだろう。

私も確かにあの日、呑気そうにゆっくりと流れる雲に向かって、“少しでも長くこうして母といられるように!”と心の中で強く祈った。

 

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