ギャラリストのよしなごと

幸運の量

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父の葬儀が終わったとき、私はふと母の背中が目に入った。その背中はびっくりするほど小さくて、洋服の上からも骨張っているのがわかるほどだった。

そんな母を一人で放っておくことなんてできなくて、私は彼女の一人の暮らしが落ち着くまで一緒に暮らすことにした。

あの時は1ヶ月以上もギャラリーの仕事を放り出してしまったのだけれど、でも私の決断は正しかったと思っている。私は娘として母に思う存分甘えることができたし、母はもう一度母親の役割を演じることができたのだから。そしてそれは私たちにとって最後の家族らしいひとときとなった。

 

ある日私たちは一緒に買い物に出かけた。

そこで私は面白半分に宝くじを買おうと母を誘った。

すると母はちょっと困惑したように言った。

“人それぞれの幸運の量は決まっていて、それを一回きりで使い果たしてしまうか、人生の終わりまで小出しに幸せを味わっていくか、なのよ。私は自分に残っている幸運を宝くじなんかで使い果たしてしまいたくないわ!”

堅実な母の言いそうなことだと私はその場で笑って聞き流したけれど、その日の夜、ベッドに入ってからふと疑問が湧いた。

“母は本当に小さな幸運をその都度受け取るような幸せな人生を送ってきたのだろうか”と。

少女時代は戦争の只中であり、彼女は広島で被爆した。家族を原爆で失い若くして一家の稼ぎ頭として働くことを余儀なくもされた。そして仕事場では有能で皆の信頼を集めていたというのに、父に家に入るよう求められ、仕事を続けることができなかったのである。以降彼女は夫のためと私たち子供達のためにその人生の全て費やした。

 

翌日私は母にそれとなく尋ねてみた。

彼女は私に笑顔を向けて“そうねぇ、これでよかったんじゃない?自分が思い描いていた理想の人生とはひと味違っていたけれど。まぁ今一人になったから、せいぜいこれから挽回するわよ!”

しかし残念ながら母は一人の生活をそれほど楽しむこともできないままこの世を去ってしまった。

時代の波に飲まれ翻弄され、古い考え方に縛られてしまった母の人生だったのだけれど、きっと母は今頃どこかで彼女の人生の中で使いきれなかった幸運の数々を受け取っているんじゃないかと思うようにしている。

 

今週の金曜日、9月24日に泉桐子さんの個展のオープニングを迎える、

そして同時開催として佐久間年春さんの漆繕いの作品も披露する。

お近くの方はぜひ小さな幸運を当ギャラリーで見つけることができるのではないかと私は思っている。(日本にお住まいの方は残念ながら無理なのだけれど。。。)

 

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