ギャラリストのよしなごと

あの人は今

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笑われるかもしれないが、私は掃除機をかけている時が一番無になれる。あの耳障りな雑音も、いつもどこかでコードが引っかかるあのイラつきも私はあまり気にならならない。そして部屋の汚れと共に私の頭の中の埃も一緒に掃除機で吸い込んでいるのである。

今朝掃除をしている時、私の頭の中にぽっかりと中学2年時のある思い出が蘇ってきた。

当時私はあえて親しい友人を作らないようにしていた。それはどうせ友達と仲良くなっても2、3年後には私は転校していく定めにあることを知っていたし、仲良くなった友もいつしか私を忘れ、手紙も電話も途絶えてしまうなんてことを痛みとともに植え付けられていたからである。

 

ある日、体育の時間に私はAさんと二人組になってボール運動をすることになった。私たちは和やかにボールを投げたり受け取ったりしていたが、ふと彼女は私に近づいてきて小声で、でも全く気軽な調子でこういった。

“私、あなたのことが嫌いだから。もしかしたら大嫌いかもしれない。”

一瞬、私は何を言われたのか分からずに、抱えていたボールが手から滑り落ち、跳ねて転がっていくのを呆然と見ることしかできなかったのをよく覚えている。

彼女はというと、まるで何事もなかったように転がるボールを追いかけ、それを手に取り、私に向かって大声で“いい?投げるよ!”と満面の笑顔を向けたのだ。

 

私はそれまでの人生で人から面と向かって嫌いだなんて言われたことは一度もなかったし、さして仲良しでもなかったAさんがなぜ私のことが嫌いなのもわからなくて、確かに私はあの時動揺したのだと思う。

でもその後私たちはお互いにどのように振る舞っていたのだろう。そのことについて私は全く記憶がないのである。

私の記憶に再度彼女が登場するのは、私がまたしても転校をすることが決まった次の日のことだ。彼女は私に分厚い封筒を手渡した。そこには“ごめん”と殴り書きされた便箋一枚と当時人気だった漫画のキャラクターのシールがたくさん入っていた。それらはきっと彼女が少しずつ集めていた宝だったに違いなく、またしても私は彼女にどきりとさせられたのだった。

あの少し釣り上がった大きな目の少女は今どうしているのだろうか。

掃除機の唸りをバックグランドミュージックとしてしばし私は思いを馳せた。

 

今日は過去のインスタグラムの投稿から。

“泉とうこさんの作品はワインのように味わいが深い”とギャラリーパートナーがそこに書き残している。確かにその通り。美味しいワインは喉を通り抜けた時に感じる味わいとその後に訪れる余韻が違うように、彼女の作品も見れば見るほど心の中に染み渡ってくる感情が違い、いつまでも楽しめる。

 

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