ギャラリストのよしなごと

美しい仕事

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私は子供たちが子供のうちにできるだけ多くのことを学んでほしい。

大人になってからその蓄積された知識がいずれ役に立つ。たとえそれが実質的には役に立たないとしても人としての精神的、創造的土台になってくれるはずだと信じている。

 

私は教師の仕事を辞めてから、学校の勉強についていけない子供たちを中心にした塾で教えていたことがある。

勉強嫌いの子供たちに少しでも学ぶ楽しみを感じて欲しいと願っていても、勉強したことは将来必ずあなた達の精神を豊かにしてくれるのだと彼らにいくら熱弁してもそうそう簡単には彼らはわかってくれない。毎日成果の全く見えない仕事に私はうんざりしていた。

そんな時同僚の女性教師が私に言った。

“お互い美しい仕事をしたいよね。”

はて美しい仕事とはどういう意味なのだろうか。

 

私は日本で昔ながらに一枚一枚手で紙を梳く工房を訪ねる機会があった。

日本の紙、和紙は簡単に言えば特定の植物から植物繊維を取り出し、それを水に分散し、平らなざるのような器具で薄く均等に掬い取り作る紙のことである。長い植物繊維が絡み合い、薄くても大変堅牢な紙として和紙は世界中に知られている。

私たちが訪れたその日は冬の冷たい風の吹く日で、暖房もないその古い工房は身震いするほど冷え切っていた。そこで一人で紙を梳いている職人は、氷のように冷たい水に腕を差し込み、ただ淡々と紙を梳いていた。

 

その時私はハッと気づいた。美しい仕事とは何かを。

それは淡々と、自分の信じたことを自慢することも卑下することもなく行い続けていくことなのではないかと。褒められることを期待することも、自分の技術を自慢することも、その成果を期待することなく、ただ前を向いて自分の道を歩くことなのだと。

冷たい風が吹き始める頃になると今も痛々しいほどに赤く染まった彼の手が私の脳裏に現れてくる。

 

今日紹介するのは榎本敏夫さんの写真作品である。

これは芸者達が踊り、舞踊、楽器練習をする場での一瞬を捉えた作品である。

一見華やかに見える芸者の仕事も実は長い間の鍛錬ときょうようを身につけて初めて一人前となる。ひたすら学び、ひたすら稽古を繰り返す。

やはり真の意味で美しい仕事をしている人たちなのである。

 

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