ギャラリストのよしなごと

祈り

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私が作る料理というのは、冷蔵庫の中で眠っている食材をフル活用する、いわゆるはっきりとした料理名なんてない、ごく普通の家庭料理である。

レシピ本に首っぴきになって作る料理ではないこともあって、料理は私にとって瞑想に近い役割を果たしてくれる。

そんな時時折浮かび上がってくるのはパートナーや私の健康を願う祈りであり、たっぷりとした食材を自由に使い温かい料理を食べることができる感謝の気持ちだったりする。

 

私は信心深い方では決してないけれど、考えてみれば日常には多くの祈りの場があるような気がする。

 

パートナーが出かける時に私は必ず玄関で“気をつけて!”と彼の背中に声をかける。

彼は、“何にも気をつけないで車を運転する奴なんていないよ!”と私を笑うけれど、そんな彼だって私の言葉の奥に沈んでいる祈りに近い気持ちをちゃんと汲みとてくれているに違いない。

 

ギャラリーの明かりをパチンとつけると今まで眠っていた作品が目を覚ますかのように光の中に浮かび上がる。私のとても好きな瞬間である。

それぞれの作品が生きている証拠をチラリと私に見せてくれるその刹那に私はちょっとだけ目を閉じて祈る。

作品たちが見る人たちの気持ちに、そして見る人たちが作品の気持ちに寄り添うことができるように、そして私がそうした仲介役を少しでも果たせるようにと願うのである。

 

私の祈りや願いは毎日いろんな場面で雲のように突然発生しては流れていく。

そんな祈りや願いは、きっと代わり映えのしない毎日の中で漫然と暮らしたくないと思う私が見つけた日常をちょっぴり彩る習慣なのかもしれない。

あるいは私の周囲にいる人たちの見過ごしてしまいそうなほど小さな優しさや気遣いに鈍感になってしまわないようにと私が設定したアラームなのかもしれない。

とにかく、いくつもの小さな祈りや気付きを拾い上げることができたその日を終える時、私は“今日は良い1日だった!”と安堵するのである。

 

今日は水元かよ子さんの香炉を紹介しよう。

私は香を焚くのが好きである。

確かに香の香りや静かに燻る煙は気持ちのざわつきを消し去り、精神を落ち着かせてくれる。

水元さんのこの香炉は華やかさだけに目が向いてしまいそうだけれど、実は心を沈め、耳や目を外界にしっかりと向けて大事なことを拾い上げよ、と私たちにメッセージを送っているのである。

 

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