ギャラリストのよしなごと

決して味わえないもの

 

 

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コロナウィルスの蔓延で、本当に私たちの暮らしは変わってしまった、なんて書くと、そんな話題は聞き飽きたと思われる人もいるだろうが、どうか付き合っていただきたい。

 

ロックダウンが明けてからというもの、ギャラリーにアート作品を観にくる人が減った。

普通の買い物なら暮らしに支障があるから人々は渋々でも出かけるのだろうけれど、アート作品なんて日々の糧になるものではない。わざわざギャラリーに観に行くほどでもないか、と思う人の気持ちを私はわからないでもない。

中にはオンラインで作品を見ることさえできれば、もうそれで満足だと、公言する人もいる。

店舗を構えるギャラリーはもうこの時代に合わなくなってしまったのだろうか、とミケーレと私は毎日のようにそんなことを議論している。

 

先日若い男性が一人でギャラリーにやってきた。

彼は一通り作品を観てから、ギャラリーにあるソファにどんと腰掛けた。

しばらく彼は座ったその場から作品をキョロキョロと眺めていたけれど、途中からソファにもたれるようにして目を閉じてしまった。

私は少し気になってしまって彼に大丈夫ですかと声をかけた。

すると彼は私にこう言った。

“やはり実際にアート作品に囲まれると落ち着きますね。パンデミックで私たちが失ったものって、こうした落ち着きのある空間であり、静かに流れる時間だなと今考えていたのです。”

 

普段ここで仕事をしている私には全く気づかなかったことだけれど、確かにアート作品の並ぶギャラリー空間は人の心を落ち着けるオーラを出しているのかもしれない。

私たちはもちろんのことアート作品を販売するために店を構えているのだけれど、でもギャラリーは同時に人々の日常の心配事やざわついた気持ちを鎮める役目も担っているのではないかとこの時気付かされたのだ。

自宅のP S画面からは決して味わえないものを私たちは確かに提供しているのだ、と思うと少し嬉しくなった。

 

今日紹介するのは水元かよこさんの制作風景である。

彼女はこれらの画像を私に送ってよこした際にメールにこう書いていた。

なんでもない普通の画像なのですけれど、それでも大丈夫なのでしょうか、と。

いや、彼女のアトリエには張り詰めているのだけれど、でも気持ちが楽になる空気が流れているように思う。

私はこれらの画像を繰り返し見ながら、今度日本へ帰ることができた時には、彼女のアトリエを必ず訪問しよう、そして彼女とゆっくりとそこで話をしてみたいと思った。

 

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