ギャラリストのよしなごと

佇まい

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父は骨董収集が趣味で、私は子供の頃から古い食器に囲まれて育ってきた。

私たち家族が日常に使っていた食器の多くはそれなりの価値があったのだと思う。しかし父はたとえそれらを子供の私たちが壊しても叱ったり、残念がったりすることは決してなかったのである。

“形あるものは壊れていくものだから仕方がない”、彼はそう話して淡々としていたが、でも私たちが物をぞんざいに扱うとき、彼は私たちを厳しく叱った。彼の場合それは物を大事に扱うことを私たちに教えたかったという意味もあったのだろうが、それよりも子供たちに美しい身のこなしを身につけさせたいという気持ちの方が強かったような気がする。

人の一つ一つの所作から、その人の精神状態から生活習慣、そして積み重ねてきた経験までが透けて見える、父はよく私たちにそう話した。

だから普段のなんでもない所作にこそ、心を配るようにと私たちに教えてくれたのだった。

 

そう言えばもうずいぶんと前になるが、ある聡明で創造性に富んだ美しい女性と知り合った。彼女の話を聞いているとそれは愉快なのだけれど、一つだけどうしても気になるところがあった。そう、彼女の所作が乱暴なのである。お茶を飲んだりケーキを食べたりするその仕草、髪をかきあげるようにする様子、どこがどう乱暴なのかと問われても明確な答えは出せないのだけれど、一つ一つの小さな動きの中に彼女のささくれた気持ちが見え隠れしているようで、私は切なくなってしまった。

 

誰も見ていないからとか、忙しいから、とぞんざいな生活の仕方をしているといつの間にか自分自身までも粗雑さが薄い膜のように張り付いてしまうのかもしれない。そう思うとなんとなくすぎている1日を丁寧に落ち着いて暮らしていこうという気になる。

 

今日紹介するのは佐久間年春さんの手によって繕われた蕎麦猪口である。

蕎麦猪口は実にさまざまな模様があり、その多くに特別な意味合いがあったりするせいで、日本では蕎麦猪口収集者は多いと聞く。

これは暦紋と呼ばれる蕎麦猪口である。

江戸時代の暦表に似通っていて、終わりなく文様が続くこともあって長寿を願う意味が込められている。

この蕎麦猪口には銀の繕いがするりと入っていて、実に美しい佇まいをまとっている。

銀に繕いを指で優しく撫でながら手で包むようにしてこの蕎麦猪口で毎日コーヒーを飲みたい。きっと蕎麦猪口を扱う手の仕草は知らずうちに優しく上品になるはずである。

 

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