ギャラリストのよしなごと

特別な存在

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子供にとって親とは本当に特別な存在である。

兄妹同士なら無神経なこと言い合い、互いに傷つけあうことなんて平気でできてしまうのに、親には触れてはならない領域があるのだ、ということを私はちゃんと心得ていたような気がする。

両親はもちろん私と同じ人間で、悲しむことも不安をもつことだってあることは頭の中ではわかっていても、子供ながらに、彼らはいつだって賢く、穏やかで、そして安心の象徴であって欲しいと願っていた。もしそんな両親像を壊すような事柄に遭遇した際には、私は自ら目を瞑ってそれを見なかったふりをしていてやり過ごしていたようなきがする。

 

私の両親は私たちに既成のおもちゃを滅多に買ってくれなかった。それは多分教育的配慮からのことだったのだろうけれど、私は子供ながらに我が家は貧しくておもちゃを子供たちに買い与える余裕すらないのだ、と思い込んでいた。

だから私は玩具屋の前を通る時にはできるだけショーウィンドウを見ないようにしてやり過ごしていたし、何か欲しいものがあっても自分の口から両親にお願いすることなんてほとんどなかったはずだ。聞き分けの良い子だったわけじゃない、ただひたすらに両親にお金の心配をかけたくなかったのである。

 

あるいは母が夜中に一人キッチンで涙を拭っているのを偶然に見かけたことがある。その事実に私はひどく驚き、心配で胸がざわついて仕方なかったのに、でも母のそばに寄って慰めるなんてことをしてはならないのだ、と自分に言い聞かせていたような気がする。

 

両親がいなくなった今、親と子供の境界線なんか乗り越えて、あるいは理想の両親像なんかに縛られることなく、無邪気なままに自分の思いの丈を彼らにぶつけることができていたらよかったのに、と思うこともある。でも私はきっと子供ながらにいくつもの言葉を飲み込みつつ、彼らをリスペクトし、そして彼らから大人になることを無言で学んでいったように思う。

プレゼントとは言葉で言い尽くせない、あるいはあえて言葉にしないで伝えたい感謝や愛情、友情を形にすることではないだろうか。

 

今日は西村連太郎さんの組み立て式のリングを紹介しよう。

一枚のプラスチックの板からまるでプラモデルを組み立てるような感覚で作り上げるリングである。もちろんその完成度の高さは私が保証する。

これをもらった人は多分初めは訝しがるだろう。でもきっと送ったあなたのウィットに飛んだその贈り物に夢中になって取り組み、リングを完成させてくれると思う。

その時、あなたとその人は言葉を超えてつながるのではないだろうか。

 

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