ギャラリストのよしなごと

おしゃれ

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ずっと気になっていた洋服の整理を丸一日がかりで行った。

まるで思い出の写真を保管するかのように、私はもう着もしない洋服をそこここに押し込んでいて、私の洋服ダンスはまさに私のミュンヘン暮らしの歴史が丸ごと詰まっているような気がした。

そこに染み込んだ思い出を切り捨てるのは少々心苦しかったのだけれど、でも重すぎた過去を間引くことで未来が開けてくると期待したい。

 

小学校や中学校の頃には参観日というのがあって、それは親が自分の子供の学校での様子を見ることのできる行事である。

その日には学校の教師たちは普段よりも数段優しいし、子供たちは皆妙に浮かれていたような気がする。

私は正直言って、父がやってくるこの保護者参観日が憂鬱だった。

というのは、私の父は昔の日本人の体型からするとかなり背が高く体格が良い上、非常におしゃれな人で、いつだってちょっと目立っていたから。

いつも誂えた彼の体にピッタリあったスーツを着こなし、またその堂々たる態度は少し不遜にも見えるくらいだったのだ。

父が教室に入ってくると子供たちはこぞってヒソヒソと言い合うのだ。

“誰のお父さんなの、あの人?”

もちろん私はちょっと注目を浴びる彼のことが誇りだったのだけれど、でも同時に彼のキザで鼻持ちならない態度を恥ずかしく思ったのだ。

今思い返せば、父はきっと私の学校での様子をとても楽しみにしていたのだろうと思う。きっと一番自分に似合うスーツを着て、ピカピカに磨いた靴を履いて気を張って学校に来ていたのかもしれない。

そう、父のおしゃれは確かに私への愛情表現だったに違いのだ。

 

内田優さんの作品は、とにかく明るくポップでおしゃれな雰囲気が良い。彼の作品を見ているだけで気分が上がる。でも単に上辺の明るさだけではないのがこの作品の良いところだと私は思う。

地球温暖化によりホッキョクグマが絶滅の危機に瀕していることは誰もがもう知っていると思う。ただ目の前の暮らしの慌ただしさにかまけて忘れたふりをしているだけだ。もっと辛辣な言い方をすれば、自分にできることなんてチリほどのことだし、自分が何もしなくてもきっと世の中の偉い誰かがそういうことをいつか解決してくれるに違いないと心の中で楽観視しているところがあるのではないだろうか。

毎日深刻に眉根を顰めて小難しいことを論じるのではなく、自分にできる小さなことを今日から始めることをこの作品は明るく優しく教えてくれているような気がする。

 

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